ローウィンの物語は、エルフの女性であるマラレンが謎多き大惨事に遭遇するところから幕を開けます。

ローウィンのエルフは階級社会を形成しており、マラレンは自分よりも高位の「完全者」カーストに属する女性・ペラダラの侍女を務めています。
婚約者との結婚式へと向かうペラダラが、マラレンを含む護送隊を率いて光り葉森の外縁部にある道標にたどり着いたのは、日没から1時間が経ったころでした。
エルフの規律に定められた通り、ペラダラは自分が通った印を道標に刻もうとします。ツキノテブクロという植物の液汁だけが、道標となっている古い樹皮に印を残すことができました。そこでペラダラは、この植物を採取し持ってくるようマラレンに命じます。

有毒なツキノテブクロは護身にも活用され、エルフは普段からこの植物のエキスを身につけるのが一般的です。
しかしながらマラレンは、ここに至るまでの道中に訪れた道標ですでに使い果たしていました。
当のペラダラはといえば、光り葉森で待つ婚約者が自分を美しいと認めてくれるのか不安のあまり気もそぞろで、そもそもエキスを携帯するのを忘れていたのでした。

マラレンは近くの木の枝に生えたツキノテブクロを見つけ、高い位置にあるその植物を採取するために木に登り、格闘の末、ついに採取に成功しました。
作業の最中、虫のようなものに手の甲を刺されてしまいます。耳障りな羽音は聞こえますが、虫の姿を視野にとらえることはできません。やがて羽音はあらゆる方向から聞こえてきます。
虫に気を取られているうち、マラレンは大きな違和感に思い至ります。奇妙なほどの周囲の静けさ……。
そして、いつのまにか聖歌隊の歌が聞こえないことに気づくのです。聖歌隊が歌うのをやめることは、主人たるペラダラに対する侮辱となります。本来あってはならない、異常事態です。
ツキノテブクロを手に入れ地面に降りたマラレンでしたが、ペラダラが率いていた一行の姿が見当たりません。エルフたちは忽然と姿を消していたのです。
太陽は沈みかけていました。半ばパニック状態になりながらも、マラレンは急いで自分が元いた場所に戻り、そこで見慣れたエルフたちの姿を認めます。しかし――。
エルフたちは凍りついたように直立不動でした。マラレンが呼び掛けても反応がありません。何が起きているのか見当もつかずにマラレンはただ茫然とします。
土ぼこりをまとった霧から照らされる異様な光で辺りが明るくなると、太い蔓(つる)に首を絞められているエルフたちの姿が見えました。彼らは目を見開き、口を大きく開けたまま、蔓に首を締めつけられていたのです。蔓は首元で強く食い込み、何重にも絡みついていました。
恐怖の刻まれた表情は凍り付いています。エルフたちはみな、命を落としていたのです。
ペラダラの名を叫びながら彼女の身に駆け寄りますが、マラレンもまた蔓に捕らえられてしまいます。身動きが取れずに苦しみますが、マラレンはどうやら蔓がツキノテブクロの毒を忌避することを発見しました。先ほど採取したばかりのこの植物の花を蔓に押し付けることで、拘束を抜け出すことに成功します。さらに、ツキノテブクロを潰して得た毒を体中に塗りつけることで、蔓から一時的に逃れました。
蔓の集合体がうごめいたかと思うと、触手が絡みあってペラダラの姿を恐ろしいほどに模倣した塊を形成しました。その模造品が立ち上がり、マラレンに「私に仕えよ」と話しかけてきたのです。姿かたちはペラダラですが、土気色の皮膚や虚ろな眼窩、決して美しいとは思えぬ声など、ディテールは本物からは程遠い、奇妙な複製品です。
マラレンはツキノテブクロを掲げながら、近くを流れる川に向かって飛び込み、対岸へと逃げようとします。しかし一瞬の躊躇をつかれ、川面に身体が着水する直前に、蔓に捕まってしまうのです。激流の上で宙吊りにされたマラレンは、悔しさのあまり叫び声を上げました。
川に引きずり込まれ、先ほど体中に塗りたくったツキノテブクロの毒は洗い流されてしまいます。再び空中へ引き上げられながらも、マラレンはなんとか腰から抜いた小剣で蔓を切りつけました。蔓は切断し、マラレンの身体は宙に浮いたかと思うと、川岸の岩の頂上に激突してしまいます。
ずっと羽音をさせながら周囲を飛び交っていたぼやけた影が、マラレンの首を刺してきます。痛みに叫び声をあげながら、背中や脚も刺され、さらに繰り返し攻撃は続きました。痛みも苦しみも、マラレンは感じなくなっていきます……。
それでも、その問いは聞こえました。
まるで頭蓋骨の中から話しかけられているかのように、大きくはっきりと声は届きました。
マラレンは自らの意思に反して、その問いに答えるのでした。